https://iclfi.org/pubs/icl-ja/6/danketsu-seyo
「恐慌の時期には、アメリカのヘゲモニーは、好況の時期以上に、より完全に、より公然と、そしてより苛酷に作用するだろう。…
「合衆国における大恐慌は、新しい戦争と革命の警鐘をうち鳴らすだろう。繰り返していうが、革命的情勢に不足することはない。全問題は、プロレタリアートの国際党、コミンテルンの成熟と闘争能力とに、その戦略的立場と戦術的方法の正しさにかかっている。」
—レオン・トロツキー『レーニン死後の第三インターナショナル』(1928年)
以下に、マンサ・カウル同志が起草し、国際共産主義者同盟(ICL)の第9回国際大会で採択された大会文書を掲載する。本稿は、2026年9月発行の『Spartacist』第71号に初めて掲載された。
はじめに
国際情勢は、維持不可能な矛盾によって特徴づけられている。一方では、米帝国主義が世界舞台における覇権を再確立するため、残忍な攻勢を繰り広げている。そのためには、人類全体を危機と戦争のスパイラルに陥れることも厭わない。他方、米帝国に対抗し、進歩的な代替の道を提示しうる唯一の勢力である労働者階級は、自らの旗の下で決定的に表舞台に登場するに至っていない。
労働者階級が戦う意志を欠いたことなど一度たりともない。欠けているのは、その歴史的利益のために闘争を率いることができる指導部である。何十年もの間、マルクス主義の旗を掲げる組織は、そうした指導部を用意することに失敗してきた。この空白が、反動勢力の拡大を許してきたのである。今日、共産主義運動は絶望的なほど分裂し、自らが代表すると主張する人々から孤立している。客観的な状況や一時的な成功も、こうした危機を解決しないだろう。再建の作業を開始し、世界中の革命家たちを再編するためには、この時代の任務に見合った綱領が必要なのである。
こうした認識に基づき、国際共産主義者同盟の第9回国際大会は以下の分析と綱領を提示する。これは、ソ連崩壊後の時代におけるマルクス主義左翼への批判的分析、および過去3年間の世界的な混乱の中で我々自身が積み重ねてきた、ささやかだが決意に満ちた階級闘争の経験に基づいている。
第1部:国際情勢
「…最も重要なこと、すなわちマルクス主義の真髄であり、その生きた魂をなすものは、具体的な状況の具体的な分析である。」
―レーニン、『共産主義』(1920年6月12日)
米国と中国
我々の時代の決定的な特徴は、米帝国主義と中国との対立である。1945年以来、米国は支配的な帝国主義大国であり、世界資本主義体制の保証国であった。しかし、数十年にわたり、その経済的基盤は相対的に衰退してきた。この傾向は、ソ連崩壊後のグローバリゼーションによって加速され、その主な受益者は中国であった。この基本的な状況については広く認められている。しかしながら、この対立の具体的な力学や矛盾については、印象主義や経験主義に流され、広く誤解されている。今日の国際情勢の力学を理解するためには、この関係の歴史的展開を理解することが必要である。
生産のレベルにおいて、グローバリゼーションは、中国や他の「グローバル・サウス」諸国に有利に働き、帝国主義ブロックの産業基盤の空洞化を招いた。G7諸国の世界製造業生産高に占めるシェアは、1995年の約60%から2020年には約30%へと、ほぼ半減した。このうち米国のシェアは、1995年の21%から2022年には17%へと落ち込んだ。同じ期間中、世界の工業生産に占める中国のシェアは6%から32%へと増加した。これは、大規模な戦争にとって重要となるこの決定的領域における勢力バランスにおいて、まさに劇的な変化を意味している。
しかし、世界経済における中国の産業と商業の影響力が、金融や制度面での役割をはるかに上回っている。その金融と制度面は依然として米国とその同盟諸国によって強固に支配されている。国際経済と国際関係を依然として統括する諸機関、つまりIMF、世界銀行、WTOや国連は米国によって設立されたものである。米ドルの支配力は弱まったものの、依然として世界の基軸通貨であり、これにより米国に「法外な特権」をもたらしている。ウォール街は依然として国際金融の中心地である。ここ数十年間、世界の時価総額に占める米国のシェアは45~50%で推移しているのに対し、中国のシェアは1980年の事実上ゼロから、2025年には10~12%程度まで上昇した。また、中国は世界貿易の約15%を占めているものの、人民元が請求書に使用されるのは世界貿易のわずか2%程度に過ぎない。
多くの人が、中国の経済力、商業力、軍事力の並外れた成長は、世界舞台で米国に取って代わろうと積極的に動いていることを意味するのだと主張している。しかし、これは真実とかけ離れた見方である。基本的に中国は保守的な役割を果たしており、その経済力と制度的・金融的な脆弱性との間の巨大なギャップを決定的に埋めるために何もしていないのだ―これは新興大国にとっては異例の事態である。
この状況は、両大国間の軍事的力関係に反映されている。米国は世界中に750の基地を保有し、依然として軍事的な優勢を維持している。一方、中国は現在、軍事費の規模で世界第2位となっているが、その軍は自国の国境防衛に向けられており、米国の世界的な支配に取って代わることを意図したものではない。中国が海外に保有する唯一の軍事基地はジブチにある。米国は軍事力の行使に何の躊躇もせず、次々と他国に自らの意志を押し付けているが、中国は1979年以来、戦争を実行していない。関税攻撃に直面しても、中国はレアアースの供給支配を利用して、米国の軍産複合体を機能不全に陥らせるようなことはしなかった。また、ベネズエラ、イラン、キューバなどが主な例であるように、中国のパートナー諸国が米国から攻撃を受けた際、中国はそれらの国を防衛するために、ほとんど何もしていない。外交政策の分野において、中国は、思い通りに使える膨大なハードパワーを行使するよりも、国際法や「ウィンウィン」の協力に訴えることを好んでいる。
根本的に、中国は自らの覇権を確立するために行動しているのではなく、現在の秩序を改革して自国の地位を向上させ、ある程度の自律性を獲得しようとしている。なぜそうなのかを理解することは極めて重要である。帝国主義がその論理自体によって、拡大と征服へと駆り立てられるのに対し、中国は同じ法則によって動かされていない。中華人民共和国の国家構造と社会発展は、依然として1949年の革命に根ざしている。これは、中国の外交政策が慈悲深いものであるとか、国際主義によって導かれているという意味ではない。むしろその逆である。しかし、その国家の社会的基盤ゆえに、中国の成長が必ずしも他国を征服しようとする衝動につながるわけではない。このため、米帝国を犠牲にして、中国が確立した排他的な影響圏など、そもそも存在しないのである。
世界システムの核心にある主要な矛盾は、次のような力学に集約される。すなわち、米国の覇権は中国の台頭によって掘り崩されているが、中国共産党は米国主導の秩序を覆そうとはしていない。産業の衰退と金融資本の寄生的な役割を考えると、米国経済は従来の手段では中国に打ち勝つことができない。頂点に留まるためには、米国はますます攻撃的になり、武力に訴えて世界の他の地域を屈服させざるを得ないのだ。こうして我々は、台頭する勢力が現状維持に苦闘する一方で、衰退する勢力がそれを引き裂き、世界関係における新たな反動的な再編を強引に推し進め、その目的を達成するために敵も味方も区別なく圧迫しようとする、歴史上前例のない状況に直面しているのである。
無力な同盟諸国
こうした現れつつある力学の中で、ヨーロッパは増え続ける矛盾に巻き込まれているのを感知している。米国の覇権の弱体化に伴い、欧州諸強国はより大きな戦略的自律を確保する必要性を高めている。しかし、緊張が高まっているにもかかわらず、欧州連合は米国から離脱することなく、その一方的に押し付けられる指示に従い、米帝国を支えるためますます多くの資源を投じている。第一に、これは現代ヨーロッパの基盤全体が、第二次大戦後の建設からソ連崩壊後の拡大に至るまで、米国の軍事力の傘の下で築かれたという事実によって説明される。これはNATOに体現されている。統一的な力としての米国がいなければ、欧州連合は構成各国へと解体してしまうだろう。
第二に、欧州連合の帝国主義諸国は、自国の相対的な衰退により、世界舞台における特権的な地位を守るために、米国への依存度をますます高めている。彼らが最善の努力を尽くし、その反対を主張する空虚な発言を数多く繰り返しているにもかかわらず、現時点では独自に力を誇示する能力を備えていない。したがって、ヨーロッパは独立した極として台頭するどころか、ワシントンが敷く反動的な路線にますます追随し、その過程で自らの経済的・政治的安定を破壊しつつある。同様の力学は、日本や小帝国主義諸国のカナダとオーストラリアの軌跡も説明している。
不動の存在、ロシア
ロシアは、米国に抵抗する重要な勢力として際立っている。米国の野望を阻むのに十分な軍事力を持つものの、ライバルの世界秩序を確立するために必要な経済的・社会的影響力を欠いている。ロシアが勝利する可能性が高いウクライナでの戦争は、西側の国境におけるNATOの拡大に抵抗し、これを押し返す能力を証明している。しかし、こうした取り組みには相当な代償が伴っている。さらに、シリアやアフリカにおける国際的な介入の試みは成功しておらず、国際的な影響力を顕著に高めることにもなっていない。ロシアの全体的な役割は、米国の支配に対する対抗極というよりは、むしろそのブレーキとしての役割が強い。すなわち、既存の秩序に取って代わることはできないものの、その危機を加速させているのである。
西アジアにおける反動の連鎖
10・7以来、イスラエルは、あらゆる段階で米国の支援を受けながら、段階的に増大させる殺戮の連鎖に従事している。この動態は、主に10・7の出来事そのものに起因するものではなく、むしろ、主にイランに有利な形で、同地域におけるイスラエル・米国の立場が相対的に弱体化したことに起因している。パレスチナ人の抑圧とジェノサイドに根ざした民族主義のプロジェクトとして、シオニズムは、アラブ大衆を抑圧する能力に挑み得る、自身の支配へのいかなる地域の対抗勢力も容認できない。その結果、シオニスト国家は、西アジアにおける覇権を再確立するため、ますます攻撃的な手段を用い、同地域の社会構造全体を破壊してきた。
米国とイスラエルは、多くの敵対勢力に対して戦術的・戦略的な敗北(例えばシリア)を負わせることに成功したものの、これらが、彼らの地域における立場の根本的な危機を解決するものではなかった。軍事的優位をもってしても安定した政治的秩序を確立することができず、イスラム共和国を破壊する試みも失敗に終わった。しかし、圧力の高まりがイランに対しどのような長期的な影響をもたらすかは、まだ明らかではない。確かなことは、米国とイスラエルが決定的な敗北を喫するまで、この地域に計り知れない壊滅的状態をもたらし続けるだろうということである。
標的にされたラテンアメリカ
中国の台頭は、多くのラテンアメリカ諸国により大きな経済的・外交的裁量の余地を与え、かつて米帝国主義が行使していたほぼ独占的な支配を弱体化させた。しかし、この地域は依然として、米国の支配による政治的、軍事的、金融的な構造に深く組み込まれたままである。米国の覇権が世界的にますます圧力を受けるなかで、ワシントンは、依然として自らが排他的な影響圏と見なしている領域で、その権威を取り戻そうとしている。その手段として、米国はその決定的な軍事的優位性と、この地域の支配層の重要な部分に対する影響力の双方を行使している。こうした優位性ゆえに、米国はラテンアメリカを、中国に対抗し、再工業化を確実ものにする上で最も有利な舞台と位置づけている。
これはすでに、いくつかの政府によるワシントンとの連携の再調整や、ベネズエラのマドゥロ大統領の拉致やキューバに対する封鎖のエスカレーションに見られるような、より攻撃的な米国の力の行使に反映されている。したがって、大陸の一部が勝ち取った相対的な自律、そして中国の経済的利益は、西半球における権威を回復しようとする米帝国主義の新たな決意と、ますます衝突しつつある。
断面化するアフリカ
アフリカ大陸は、大国間の競争の焦点ではないかもしれないが、その影響を不釣り合いなほど受けている。経済発展と大陸統合がこれまで以上に必要とされている時期に、アフリカはますます断面化と衝突へと引きずり込まれている。強固な民族国家が存在しないため、地政学的ショックは、すでに脆弱な社会構造に遥かに大きな打撃を与える。これにより、地域的・世界的な国々が既存の分断を利用する余地を広げる。旧来の帝国主義諸国が、台頭する中国や、ロシア、トルコ、湾岸君主国を含む地域的な勢力と競い合う中、地域対立はより広範な地政学的競合とますます複雑に絡み合っている。ルワンダのような国々も、自国の戦略的利益を追求し、国境を越えて介入し、既存の緊張を深めている。大陸を揺るがす様々な対立―特にスーダン、サヘル地域、コンゴ民主共和国における諸対立―や、各国国内で先鋭化する社会的対立は、国家の分裂、国家・民族間の敵対の高まり、そして公的権威と公共サービスの崩壊を暗示している。
しかし、アフリカの断面化は新しいものではない。大陸に一定の経済成長をもたらしたリベラル期でさえ、ルワンダからコンゴ、ダルフールに至るまで、血なまぐさい戦争やジェノサイドに苦しめられていた。リベラル期にはNGOや国際機関を通じた帝国主義の援助が大幅に増加したが、これらは現在、大幅に後退している。援助に代わって、米国はこの大陸の危機に対し、無関心、露骨な略奪、あるいは公然たるハードパワーのいずれかをもって対処している。したがって、現在の断面化は、その範囲と深さが増大しているという特徴を帯びている。
大陸の分断状態は極めて危険な状況をもたらしている一方で、若く、成長し、過酷に搾取された労働者階級はまた、計り知れない革命的潜在力を持っている。アフリカを分裂させ弱体化させているまさにその矛盾こそが、新植民地主義秩序の革命的打倒と、新たな社会的基盤に基づく大陸の統一の必要性を、より一層明白かつ緊急なものとして突きつけているのである。
金床とハンマの間に立たされた東南アジア
グローバル化により、東南アジアは国際的なサプライチェーンの中間リンクとして組み込まれた。そこでは、外国の製造大手が支配的であり、中国からの投入品に依存し、米国の消費者市場を志向している。「貿易は中国と、安全保障は米国と」というのが、ASEANの決まり文句だった。今では、これは金床とハンマの間に挟まれる状態を意味している。米国は、中国を締め上げる目的で、地域の経済を根底から揺るがし、サプライチェーンを切り刻んでいる。これから起こることへの警告であるかのように、トランプによる関税攻撃やイランに対する戦争は、すでに人口の多くが貧困の瀬戸際で生きるこの地域に、壊滅的な経済的打撃を与えている。米国は東南アジアを軍事化し、第二次世界大戦以降初めて日本軍事力の全域への攻撃的な拡大を促すことで、中国に対する脅威を強めつつ、戦争の影を落としている。東南アジア全域で、社会的な爆発が起こるための土壌が整えられつつある。
瀬戸際にある世界経済
地政学的な緊張が高まっているにもかかわらず、世界経済の基本構造は驚くほど強靭さを保っている。しかし、この強靭さを支えてきた力そのもの―とりわけ米国株式市場の驚異的な上昇基調―が、システム全体を不安定化させる恐れのある新たな矛盾を生み出している。ウォール街の重力に逆らうような上昇は、前例のないレベルの財政・金融刺激策、大手テクノロジー企業による巨額の設備投資、そしてこれらが生み出した投機熱によって突き動かされてきた。この動態がいつ終わりを迎えるかを正確に知ることは不可能だが、確実なのは、テクノロジー部門を中心とした投機的ブームが最終的に収束した際、それが世界情勢に深い影響を及ぼすということである。すでに、中国のデフレ圧力や過剰な生産能力が世界中に波及しつつある―これはおそらく、資本主義の過剰生産による世界的な危機の前触れである。
金融バブルの崩壊は、国際的な勢力均衡の実態を覆い隠している架空資本の山を一掃し、米帝国の核心にある腐敗を露呈させるだろう。しかし、世界経済の基本的な構造が維持されている限り、米国は危機への対応とその結末を左右する上で圧倒的な優位性を保ち続け、負担の相当部分を他国に転嫁させることが可能となる。
第一に、来るべき危機が既存のあらゆる動向を悪化させ、資本主義による攻撃を激化させることが予想される。しかし、これがさらなる反動への転落をもたらすのか、それとも革命的な展開への道を開くのかは、何よりも国際プロレタリアートの反応にかかっている。ここで、その帰結は各国における労働者階級の指導部と組織に左右される。我々は今や、この政治的問題に目を向ける。
第2部:世界政治の力学
「一般的に言って、主観的なものと客観的なものとの一致が崩れることが、現実や芸術の中での喜劇的なものや悲劇的なものの主な原因である。政治の領域はその掟の作用をもっともまぬがれがたい。人間や政党が英雄的であったり、滑稽であったりするのはそれ自体としてではなく、状況との関係によってである。」
—レオン・トロツキー、『ロシア革命史』(1930年)
リベラリズムの死と反動の台頭
ソ連崩壊後の政治的現状は打破された。米国覇権下のソ連崩壊後の時代に適したイデオロギー的手段は、もはや今日の帝国主義諸強国のニーズには合致しなくなっている。米国の覇権が争う余地のなかった時代、米国は国内外でリベラル・デモクラシーという贅沢を享受し、NGOに資金提供し、自らを人権、自由貿易、多文化主義などのチャンピオンだと宣言することができた。しかし、この道はもはや使い尽くされている。覇権が過ぎ去るなかで、米国は攻勢に出ざるを得ない。今やその目的の妨げとなっているリベラルな価値観や制度を通じて、これを行うことはできない。
リベラリズムの死は、世界政治における新たな再編が確定したことを意味しない。米帝国主義の攻勢によって引き起こされた一般的な傾向は、不安定化、反動、そして対立の増大に向かっている。しかし、我々が地獄へとまっすぐ向かっているわけではない。米帝国主義の必要や目的と、それらを満たし実行に移す能力との間には溝がある。すでにその攻勢は、さまざまな抵抗を引き起こしている。しかし、いろいろな競争相手や挑戦を志す者たちは、自らの破綻を露呈しており、結果として、米国が衰退期にあってもなお、世界政治を形作る主導権を保持しているのである。その結果、リベラルな世界秩序は、プロレタリアの蜂起や反帝国主義の攻勢によってではなく、反乱する帝国主義的な右翼勢力によって突き崩されつつある。
グローバル・サウスの指導者たちは、米帝国主義の略奪に抵抗するようますます大きな圧力にさらされているが、自身の階級的利益や大衆動員への恐怖に縛られ、対決ではなく妥協や策謀を追求している。中国共産党は、1949年の革命の獲得物を統括しているが、グローバル化とリベラルな世界秩序の残滓にしがみつくことで、巨大な中国プロレタリアートの革命的エネルギーと潜在力を浪費している。他の指導者の大半は、米国に対して団結して対抗するのではなく、様々な圧力の間でバランスを取ることに力を入れている。これを最もよく例示するのがBRICSであり、この同盟には統一された戦略的目標がなく、その構成部分の総和にも満たない存在に過ぎない。
労働運動に関しては、ほとんどの場合その指導者たちは、目の前でリベラルな現状がまさに崩壊しつつあるその時にも、必死にそれを支えようとしている。急進的な断絶、あるいは革命さえ望むと主張する左翼の人々は、概して大衆の真の感情からかけ離れており、その時代の具体的な任務から切り離された抽象論で満足している。米帝国主義に対する独立したプロレタリアの反対勢力の不在こそが、帝国主義の中心地であれ、半植民地世界、あるいは様々な抵抗運動であれ、世界情勢を形作っている最も重要な要因である。この状況が変わるまで、米国覇権の侵食は反動的な条件の下で進行し続け、大衆の解放を前進させるどころか、むしろ抑圧を強めることになるだろう。
これは、非革命的な勢力が米国に打撃を与えることができないと言っているわけではない。しかし、そうした打撃は常に部分的なものに留まるだろう。真のプロレタリア指導部を鍛え打ち固めることが、現時代における革命的戦略の中心的な問題なのである。この問題は、政治的力学を現実的に評価し、現代の闘争の経験から明確な教訓を引き出すことによってのみ、解決し始めることができる。
西側諸国でポピュリスト右翼の台頭
米国のトランプやMAGAから、英国のリフォームUK、ドイツのAfD(ドイツのための選択肢)、オーストラリアのポーリン・ハンソン率いるワン・ネーションに至るまで、ポピュリスト右翼は西側諸国全体で、現状打破の主要な勢力として台頭している。これは、米帝国の戦略的必要性と、社会の多くの層に見られるリベラルな現状への広範な拒絶感との合致を基盤に勢力を拡大している。その結果、ポピュリスト右翼は労働者階級の怒りや恨みを、反動的な政治目標へと導くことがますます可能となっている。この右傾化の動きの最も明確な兆候は、近ごろ政治的中道がそれ自体、右翼の政策を取り入れ始めていることである。英国では労働党が移民問題から背を向け、米国では民主党が、黒人やトランスジェンダーの権利を擁護するという以前の建前を放棄した。
ラテンアメリカで「ピンク・タイド」 が崩壊する
ラテンアメリカで高まりつつある右翼政権の波は、同大陸における過去数十年の現状に対する同様の拒絶感によって推進されている。2000年代に反帝国主義の気運の波に乗って権力の座に就いた左翼ポピュリスト政権は、今日、急速に倒れつつある。こうした政権は多くの進歩的な改革を打ち出す一方で、大衆の革命的なエネルギーを抑制し、最終的には後退や裏切りを招いた。今や、持続的な改善を実現できなかった彼らの失敗に乗じているのは、「ピンク・タイド」の教訓で身を固めたマルクス主義の挑戦者たちではなく、右翼ポピュリストや親帝国主義勢力である。
ベネズエラのボリバル主義政権は、米帝国主義による最初の直接的な軍事的打撃で崩壊した。この政権がいかに徹底的に空洞化していたかは、マドゥロ大統領の拉致に対して大規模の大衆的高まりが一切見られなかったこと、そして元チャベス支持のデルシー・ロドリゲスが現在、米国と協力しているという事実によって明らかになった。
1959年以来、被抑圧者や反帝国主義者たちの灯台であったキューバでも、同様の傾向が見られる。トランプが米国による悪質な封鎖をエスカレートさせるなかで、今日、キューバ革命は危うい状況にある。しかし、封鎖を打ち破るための国際主義的かつ革命的な戦略をとる代わりに、キューバ共産党は交渉にすべてを賭けており、経済の資本主義的乗っ取りに扉を開いてしまったのだ。これは、キューバ革命を最終的に粉砕しようと決意している米国と反革命分子で売国奴の「ウジ虫」どもを、ますます大胆にさせるだけである。
この状況には矛盾がある。メキシコとブラジルには依然として左翼政権が存在する。しかし、両国とも言葉の上では米国に立ち向かっているが、ブラジルのルラもメキシコのシェインバウムも、数多くの譲歩を行っている。ボリビアの場合、パスの新自由主義政権に対する大衆蜂起は、反撃の現実的な可能性を切り開いた。しかしながら、ボリビア労働者連合の指導部は政府と協定を結び、道路封鎖の解除を呼びかけ、このようにして先住民の農民大衆を裏切った。これにより、労働者と農民の運動の間に亀裂が生じ、ボリビアのブルジョアジーやその背後にいるワシントンの支配者たちに対抗する能力が弱体化した。パスは今や、大衆に対する攻撃を強めるための好機を得ている。彼はすでに農民指導者を投獄し、労働組合を攻撃して、生活の諸条件を悪化させている。この結果、この地域における米帝国主義の支配を強固なものにしている。
南アジアにおける右翼勢力の定着
南アジア諸国における動向は、グローバル・サウスに何が待ち受けているかの先駆けを示している。高まる外部からの圧力と国内の膨大なニーズの間に挟まれ、インドやパキスタンなどの各国政府は、それぞれの社会における矛盾を管理し、自らの支配を確固たるものにするために、これまで以上に宗教的ナショナリズム、弾圧、そしてボナパルティズムに依存している。
インドでは、インド人民党が、有権者名簿の大規模な整理もある程度の一因となり、最近の州選挙での勝利を通じて全国的な権力を打ち固めた。左翼の存在感はますます薄れている。共産主義者は、数十年にわたり彼らの支持基盤を遠ざけた結果、権力の最後の足がかりを失い、さらに毛主義者の反乱は国家によって鎮圧されつつある。パキスタンでは、軍事独裁体制がさらに根を張り、左翼、カシミールからのものであれ、あるいはイムラン・カーン元首相からのものであれ、どんな異論も弾圧している。しかし、大衆がどこまで耐えられるかには限界がある。近隣のネパール、バングラデシュ、スリランカで起きた反乱と同様に、より不安定な時期を迎えるにつれ、これらの社会の基盤に蓄積されている社会的な火種は、さらに多くの火薬を見出すことになり、爆発してこれらのボナパルト的な支配体制を不安定化させる脅威となっている。パキスタン占領下のカシミールにおける最近の闘争や、インドの学生運動も、同様の可能性を体現している。
逃した好機
近年、情勢の潮目を変え、労働者階級を国内外の出来事を形作る一因として政治の舞台に押し上げる可能性を秘めた重要な好機があった。しかし、コロナ禍後の西側諸国におけるストライキの増加であれ、グローバル・サウスにおけるZ世代の蜂起であれ、そうしたことは起こらなかった。いずれの場合にも、こうした高まりを決定的に活用する準備のできた指導部が存在しなかったため、支配階級が主導権を取り戻すこととなった。それぞれの場合、障害となったのは戦闘性の欠如ではなく、指導部の不在であった。
英国でのストライキの波(2022~23年)や、フランスでの年金改革反対闘争(2023年)は、政府を決定的に打ち負かすまで闘争をエスカレートさせたくない労働組合指導者たちによって敗北に追い込まれた。米国では、2023年のストライキや労働協約をめぐる闘争の波(UPSチームスターズ、ILWU[国際港湾倉庫労働組合]、UAW[全米自動車労働組合]、ハリウッド)や、2024年のボーイングおよび ILA(国際港湾労働者協会)のストライキは、賃上げで決着したが、ストライキを駆り立てたその他の決定的な諸問題は未解決のまま残された。これは階級闘争を封じ込める結果となった。もしこうした闘争が成功していれば、労働者階級は、闘争し勝利する自らの能力に自信を持ち、より強く、再度活力を取り戻し、より団結した勢力として立ち現れていただろう。
ギリシャでは、テンピの闘争が、2015年の大敗北の後、プロレタリアートに有利な勢力関係を築く可能性を持ち、国の進路を根本的に変えることになり得た。しかし、労働運動は大衆の不満を十分活かすことに失敗した。ギリシャ共産党、そして労働運動や左翼の指導部は、労働者階級の展望を拒絶し、「政党も色もなし」という戦略を推進した運動のプチブル指導部に屈服した。彼らの政策は、大衆の怒りを、このテンピの犯罪を招いた帝国主義への隷属に対する決定的な闘争へと転換することを拒否した。この敗北は、労働者階級と被抑圧者たちをさらに弱体化させ、意気消沈させた。
最近のZ世代による蜂起は、半植民地世界における若者の条件の急速な悪化と、腐敗した支配者たちに対する煮えたぎる憎悪に煽られた、重要な不満の爆発であった。しかし、それらを駆り立てた生のエネルギーだけでは、大衆の全体的な立場を改善するには不十分であった。一部の蜂起は弾圧によって鎮圧され(インドネシア、モロッコ、ペルー)が、他のものは右翼政権(バングラデシュ、ネパール)や軍事政権(マダガスカル)へとつながった。こうした結果は、支配階級や帝国主義の隷属に対して進歩的な道筋を指し示すことのできる、首尾一貫した政治的指導部が欠如していたことに起因する。こうした運動において労働者階級が周縁的な役割しか果たさなかったことは、運動の異質性を強め、弾圧や反対勢力の取り込みに対して無防備な状態にさせた。
2024年12月、南朝鮮の尹錫悦前大統領によるクーデターは、戦闘的な労働組合主導の大規模な動員によって瞬く間に撃退された。この衝撃的な敗北により、労働者階級は有利な立場に立った。尹錫悦の狂信的な親米路線に対するこの強い反発は、南朝鮮の反動勢力の土台である米韓同盟に大きな亀裂を生じさせうる可能性があった。しかし、労働組合の指導者たちは裏切り、その怒りを、同程度に帝国主義に追随するが、さほど過激ではない民主党への投票へと吸い上げ、支配階級の政治的状況を安定させてしまった。
瀕死のリベラル左派
国際的に右派が台頭しているとはいえ、世界における不安定と混乱の増大は、依然として、先行する時期に築き上げられ形作られた様々な形態の左翼的抵抗を推し進め続けている。政党の分野では、これには英国の「緑の党」やすでに瀕死状態にある「Your Party」、ドイツの「Die Linke」、フランスの「La France Insoumise」といった組織が含まれる。多くの人々がこれらを見て、新たな希望を抱いている。これは、妄想であると同時に危険でもある。
この「左派の復活」を後押ししているのは、残念ながら、労働者階級の新たな闘争の波や、労働者階級からの深い支持ではない。むしろ、これらの政党の原動力となっているのは、中産階級のリベラル派や進歩的な学生の広範な層、そして右派政権の台頭を当然ながら恐れているマイノリティの間で感じられる、明白なパニックと絶望感である。これらの政党とその指導者たちは、世界情勢に対する反射的な反応を代表し、不確実性と混沌に直面して、より急進的なリベラリズムにすがりついているに過ぎない。それらを支えてきた世界秩序が消え去りつつある中で、陳腐なリベラリズムの常套句を再利用することは、成功への道筋ではなく、壮大な大惨事への道筋に他ならない。
まさにこの性質こそが、これらの政党を無力なものにし、より保守的な労働者をさらに遠ざけ、それぞれの国で右翼を強化しているのだ。英国では緑の党がリフォームUKに後れを取り、ドイツでは「左翼党」がAfDに大きく後れをとっており、フランスではメランションが極右勢力に後れを取っている。我々が目の当たりにしているのは、左派の復活ではなく、悪化する客観的状況と、その反応としてでてくる全く役に立たない主観的要素との間の拡大する隔たりによって紡ぎ出される悲喜劇なのである。
この「左派の復活」を主張する人々は、パレスチナ支援のためのイタリアの労働者による最近のストライキや、フランスの「すべてを封鎖せよ」運動も例に挙げる。しかし、これらは持続的な運動として定着することはなかった。始まった途端に終わってしまい、それぞれの国の全体的な軌道を変化させることはなかった。フランスでは「国民連合(Rassemblement National)」が大統領府に一歩ずつ近づきつつあり、イタリアではメローニが権力に対して目立った脅威に直面していない。いずれの場合も、我々が目の当たりにしているのは、両国に根強い伝統を持つ急進的サンディカリズムが、変化する世界情勢に対処できない無力さである。
米国左派はアイデンティティ・ポリティクスを 捨てたが、民主党を捨てていない
ドナルド・トランプの2期目は、米国の左派に重要な展開をもたらした。選挙の分野では、民主社会主義者のゾーラン・マムダニが、20世紀の「下水道社会主義」を明示的にモデルとした生活問題に限られた公約を掲げてニューヨーク市長に当選した。具体的には、この公約は、人種的抑圧や警察の暴行といった最も爆発的な社会問題を回避することに基づいている。これは、アイデンティティ・ポリティクスの時代からの重要な方向転換である。他のDSA(民主社会主義者協会)選出議員と同様、マムダニもまた、労働者階級や黒人・ラテン系大衆への攻撃を即座に開始した。しかし、それにもかかわらず、左派の大半は彼の勝利を偉大な勝利として称賛し、彼の裏切りを容認し、民主党との決別を目標にDSAや労働者運動内での真の闘いを拒み続けている。
街頭でのICE(移民税関捜査局)によるテロに対して、重要かつしばしば英雄的な民衆の闘いが繰り広げられてきた。こうした動員の最高潮は、2人の反ICEデモ参加者の殺害を受けて、ミネアポリスで迎えた。これらの闘争は、トランプの全体主義的な強制送還プログラムに対する民衆の深い反対が存在することを示した一方で、これまでのところ、労働組合や民主党の保守的な指導部を打ち破るには、運動が力不足であることも明らかにした。トランプは一時的な後退を余儀なくされたが、彼の反移民政策の全体的な攻勢は打ち破られていない。
行き詰まった「抵抗の軸」
米国とイスラエルによる軍事攻撃に対するイスラム共和国の抵抗は、この神権資本主義体制が西アジアにおける反帝国主義の闘いを主導できるという幻想を助長してきた。しかし、イスラム共和国は米国に立ち向かえることを示した一方、それは同時に米国をこの地域から追放し得る真の反帝国主義抵抗運動の結集点となることに対して、全くその意思も能力も持ち合わせていないことも露呈している。
イランの支配層には確かにこれに対する利害関係があるが、それは自らの寄生的な存在を維持するという利益に次ぐものである。その結果、彼らは外国の侵略に対する抵抗を厳格な軍事的・官僚的な統制下に置き、地域の大衆に闘争への参加を呼びかけることを拒んでいる。さらに、イスラム共和国の専制的な国内体制は、民族、宗教、性別の線引きによって被抑圧者を分断しており、統一された反帝国主義闘争を不可能にしている。さらに悪いことに、異議を唱える者に対する血なまぐさい弾圧は、人口の広範な層を、君主主義的で親帝国主義的な反動勢力の懐へと追いやっている。帝国主義を打ち破り、この地域から追い出すためには、大衆の最も広範な団結が必要であり、それはイスラム共和国の政治方針の上では到底築き上げられない。
シオニストの大量虐殺的な猛攻に対するパレスチナ人民の抵抗は英雄的である。しかし、この事実を、解放運動の政治的・戦略的行き詰まりを覆い隠すために利用してはならない。パレスチナ人民は、前例のない規模の社会的・人道的惨事を経験してきた。ガザは完全な壊滅状態にあり、イスラエルは残された地域の広範な領域を併合しようとしている。ヨルダン川西岸地区の状況はかつてないほど悪化している。これは、ハマス戦略の失敗を露呈している。すなわち、イスラエル、米国、そしてそれらに妥協するアラブ諸政権に対する統一闘争において、西アジアの大衆に頼るのではなく、リベラルな世論やアラブ諸政権に依存してイスラエルを打ち負かそうとした点にある。抵抗運動がこうした行き詰まりに陥る中、ハマスは基本的に自らの武装解除の条件について交渉しており、運動には闘争を継続するための戦略的展望が欠如している。
パレスチナ運動の衰退
ガザでのジェノサイドは数百万人を行動へと駆り立て、2年以上にわたり世界中の主要都市で数十万人がデモ行進を行った。しかし、これだけではネタニヤフを阻止するには不十分だった。西側諸国では、この運動は、その政治を支配していたリベラル派の憤りと、米国ではラシダ・トライブのような政治家への依存によって麻痺していた。トライブは、ジェノサイドを助長していたまさにその政党(民主党)の代表でありながら、イスラエルに反対の声を上げていたのだ。インドネシア、マレーシア、トルコといったイスラム教徒が多数を占める国々では、政府が米国との連携を維持しつつ、大規模な動員を支持し、あるいは組織さえしていた。
パレスチナ運動には、労働者階級の要求とパレスチナ解放闘争とを融合させるという戦略的展望が欠けていた。もしそれがあれば、各国政府に対し、イスラエルへの支持や妥協を断ち切るよう、真の圧力をかけることができたはずだ。その代わりに、ほとんどの国において、パレスチナ支援の大規模なデモ行進は概ね容認され、定期的に開催される恒例行事として、怒りを発散させるための「常態」となった。しかし、この常態に背き、その方向性に異議を唱えようとした動きは、比較的孤立したままとなり、国家権力によって容赦なく弾圧された。今日、この運動は衰弱した状態にある。革命家たちはこの結果から冷静な教訓を引き出し、運動の政治的再武装に向けて取り組まなければならない。
攻撃、衝撃、そして激動に備えよ
全体として、国際的な勢力均衡は、当面の間、労働者階級や被抑圧者にとって有利なものではない。米国帝国主義は猛威を振るっており、右派は勢いを増しており、ほとんどの国で左派と労働者階級の間の溝はますます広がっている。
現時点では、士気の低下、無関心、そして後退や自己保存への傾向が、労働者階級における支配的な潮流となっている。しかし、階級闘争は直線的に進むものではない。ポピュリスト右派は、蓄積された不満を利用し、それを反移民やその他の反動的な方向へと巧みに誘導している。この手法はしばらくの間は通用するかもしれないが、社会危機の根底にある要因を根本的に解決することはできない。成長や雇用、「古き良き時代」への回帰といった約束を右派に期待する人々は、失望することになるだろう。必然的に、労働者階級は行動へと駆り立てられることになる。革命家たちにとっての問題は、こうした対決が最終的に勝利をもたらし、労働運動を強化するのか、それとも敗北と帝国主義的反動へのさらなる流転を招くのか、という点にある。
グローバル・サウスにおいては、慢性的な低開発状態と米国帝国主義の攻勢が、社会危機を激化させ、不安定さを深めている。帝国主義による締め付け、国内の荒廃、そして高まる不満が相まって、腐敗した国内ブルジョアジーに圧力をかけ、統一された闘争を阻止するために、弾圧、ボナパルティズム、そして民族主義的な分断へと彼らを駆り立てている。革命家にとって、今後の課題は真剣な準備である。彼らは、勃発するあらゆる運動に追随するか、あるいは「純粋な」階級闘争という抽象的な方法に訴えるかの二択という罠から脱却しなければならない。その課題とは、大衆の要求を、帝国主義の支配からの民族解放のための闘争と融合させることである。
第3部:革命的綱領
「誰れもプロレタリアートの革命的高揚のためにあらかじめ道を浄めるよう気をくばってくれはしない。避けられぬ一時停止や部分的後退をともないながらも、数限りない障害が交差し過去の瓦礫におおわれた道を前進することが必要なのである。それを恐れるものは脇に退いていた方が良かろう。」
—レオン・トロツキー、「新たに共産党とインターナショナルを建設することが必要である」(1933年)
米国帝国と闘え!
米国帝国主義は、世界を野蛮へと引きずり込む主要な勢力である。したがって、米国帝国との闘いは、世界中の国際プロレタリアートおよび被抑圧者にとって中心的な課題である。米国の労働者階級は、軍国主義、緊縮政策、そして生活水準への攻撃を通じて、支配階級のグローバルな野心の代償を強いられている。帝国主義諸国や米国と同盟する半植民地において、支配階級はいまだに既存の秩序と深く結びついている。西側諸国におけるNATOや大西洋同盟主義への忠誠であれ、再軍備の道を歩む日本、あるいはインド洋における「Quad」であれ、米国との同盟に反対することは、これらの国々における支配階級との闘争の不可欠な部分を成している。
ウクライナでは、西側帝国主義者とそのウクライナの傀儡たちの利益のために、兵士たちが殺戮の場へと送り込まれている。制裁、経済的圧力、あるいは軍事的脅威に直面している新植民地諸国や労働者国家において、民族的・社会的抑圧に対する闘争は数百万の人々を動員し、帝国主義の支配と各国のブルジョアジーの打倒という課題を突きつけることになるだろう。あらゆる場所で、米国帝国主義に対する闘争は、国境を越えて労働者を団結させ、既存の世界秩序に挑むことのできる国際的な革命的指導部を築くための基盤となる。
米国帝国主義に対する プロレタリア的戦略を!
革命家たちは、米国帝国に対する最強の反対勢力を築かなければならない。しかし、決定的な問題は、どの政治的戦略と闘争方法が、進歩的な方法で実際に米国帝国を打ち負かすことができるかということである。人類を野蛮から解放することは、ある支配階級や地政学的ブロックが競合相手を打ち負かすことにかかっているのではなく、国際プロレタリアートの革命的勝利にかかっている。反帝国主義闘争の手段と方法は、その目的と切り離すことはできない。許容できるのは、労働者大衆の政治的独立と団結を築く手段のみである。それとは反対のものは、結局のところ、民族間の分裂を深め、支配階級を強化し、ひいては帝国主義に対する闘争を弱体化させる。
これこそが「陣営主義」の根本的な欠陥である。それは、反帝国主義闘争の指針としてのプロレタリアートの独立性を否定し、その階級的性格や政策にかかわらず、米国とその同盟国に反対するあらゆる勢力を支持する。この論理の下では、ロシアやイラン・イスラム共和国といった国家、あるいはBRICS+のような同盟は、単に米国の覇権に挑んでいるという理由だけで、進歩的な抵抗の軸として扱われる。この「より小さな悪」を選ぶ論理は、最終的に、そうした勢力がライバルを弱体化させるという理由で、彼らが犯す犯罪や抑圧を容認することになってしまう。
このアプローチがもたらす影響は破滅的である。例えば、ウクライナ戦争において、ロシアがNATOの傀儡勢力と戦っているという理由でロシアに味方することは、米国帝国主義との闘いにおける「より小さな悪」として、ウクライナ人に対する民族的抑圧を受け入れ、正当化することになる。これは東欧の労働者階級をさらに分裂させ、それぞれの支配層に縛り付け、ひいては、同地域の現状を招いた支配勢力—米国、EU、NATO—に対する革命的団結を阻害することになる。同じ論理はイランにも当てはまる。そこでは、米国に対するイスラム共和国への政治的支援が、クルド人大衆やその他の抑圧された少数民族を遠ざけ、抑圧的な政権に対する「救世主」として親帝国主義勢力が介入する余地を作り出し、それによって分裂を深化させ、地域における帝国主義の支配を強めている。いずれの場合も、必要なのは、プロレタリア的戦略を掲げつつ、米国帝国主義に反対する立場を明確にすることである。
共産主義の旗の下での民族解放を!
米国帝国主義の攻勢は、グローバル・サウスの諸国をさらに服従させ、荒廃させており、民族解放の闘争に、かつてないほどの緊急性を与えている。革命家たちは、戦争や制裁、強制によって被抑圧諸国に大混乱をもたらしている米国とその同盟国による経済的・軍事的略奪に反対しなければならない。これは、パレスチナからイラン、キューバに至るまで、直接的に攻撃の標的にされている勢力に味方することを意味する。あらゆる場所での民族的抑圧に断固として立ち向かうことは、帝国主義に対抗して国際プロレタリアートを団結させるための前提条件である。
決定的な課題は、国民全体の利益を代表すると主張し、ナショナリズムを利用して自らの権威を高めている民族ブルジョアジーに対抗し、民族解放闘争の指導権を勝ち取ることである。搾取階級として、民族ブルジョアジーは最終的に、自らの権力を維持するために大衆の自主的な動員を抑制、逸脱、あるいは粉砕しようと図り、それによって帝国主義に対する闘争を裏切ることになる。革命家たちは、帝国主義に対する闘争を推進することで、その動揺を暴かなければならない。
マルクス主義および反帝国主義運動は、二つの誤った傾向に分裂している。一方は、民族解放闘争を本質的にブルジョア的であると否定し、大衆の真の願望を放棄しながら社会主義革命を唱える。そうすることで、大衆を民族主義者の指導下に委ねてしまう。もう一方の傾向は、民族ブルジョアジー、とりわけその急進派や反帝国主義派の翼に追随し、同様に大衆を民族主義勢力に縛り付け、抑圧された集団を親帝国主義勢力による操作に委ねてしまう。どちらの傾向も、民族解放闘争におけるプロレタリアートの指導権を確立するという中心的な課題を放棄している。
労働者と農民の同盟を!
直接的な植民地支配および新植民地支配のため、未解決の民主的課題は依然として半植民地世界の決定的な特徴となっている。その中でも最も重要なのが農地問題、すなわち何百万人もの貧農、土地を持たない労働者、農業労働者の運命である。半植民地に対する米国帝国主義の猛攻により、これらの階層は主要な犠牲者の一部となっている。天然資源の支配への執拗な追求、アグリビジネス巨大企業の拡大、土地投機、そして危機や戦争によって引き起こされる物価高は、この層の人々をさらに破滅へと追いやっている。
しばしば親族関係を通じて農村と直接結びついている労働者階級もまた攻撃を受けており、それゆえ、農村大衆および民族全体をさらなる隷属から守ることに物質的な利害関係を持っている。抵抗する唯一の効果的な方法は、労働者と貧農の同盟を築き、共に自らの生活条件を守ることにほかならない。革命家たちの任務は、反帝国主義闘争を前進させる手段としてこの同盟を築き上げ、それによって、米国の攻勢に立ち向かう上での民族ブルジョアジーの無力さを暴くことである。
中国を防衛せよ! 中国共産党の官僚を打倒せよ!
中国を防衛することは、これからの時期における革命家たちにとって決定的な試金石となるだろう。20世紀の大部分においてソ連の防衛がそうであったように。中国は1949年の革命と切り離して理解することはできない。その成果の多くは著しく損なわれてはいるものの、その革命によって築かれた社会的基盤は覆されてはいない。旧支配階級を打倒した人民解放軍は、依然としてこの革命的過程から生まれた国家の武力組織である。中国の台頭によって世界的な地位がますます脅かされている米国帝国主義にとって、中国における反革命は戦略上の必然となっている。したがって、中国を防衛することは、米国帝国主義との闘いから切り離すことはできない。
ソビエト連邦の崩壊は、プロレタリア的社会秩序の敗北が単に一国を一変させるだけでなく、世界的な勢力均衡を再構築することを示した。米帝国主義の対ソ連勝利は、前例のない覇権の時代を切り開き、はるかに少ない制約の下でその権力を投射することを可能にした。中国で同様の敗北が起これば、それはさらに大きな歴史的後退――地球上で最大級の生産力の集中地の一つが破壊され、従属させられること—を意味し、国際的な労働者の状況を悪化させることになる。したがって、問題は中国の運命だけでなく、国際プロレタリアートの運命でもある。中国を防衛しなかったり、中国を米国と同列に扱ったりすることは、帝国主義の攻勢を強め、野蛮への転落を加速させるだけである。
しかし、中国を防衛することは、プロレタリアートの政治的独立から切り離すことはできない。中国を防衛するということは、中国共産党の官僚機構への政治的支援を意味するものではない。同機構は、帝国主義秩序に挑むために国際労働者階級に頼るのではなく、むしろ帝国主義秩序との妥協を模索していることを繰り返し示してきたからだ。実際、中国共産党は、その民族主義的な軍事・政治・通商政策を通じて、他国の労働者たちを積極的に疎外している。中国を守ることは、中国共産党官僚層に対する闘争と結びつけられなければならない。その支配こそが、労働者階級が革命の成果を守り、拡大する上で決定的な力として行動することを妨げているのだ。
人民戦線を打ち破れ!
台頭する右派に対抗して、左派の中には、反動を阻止するために「進歩的」勢力との同盟を求める傾向が強まっているが、その過程で階級的独立性を放棄している。これこそが人民戦線であり、労働運動をブルジョアジーのリベラル派に縛り付けるものである。これは、労働者階級が右派反動の物質的基盤に対して独立した闘争を展開することを妨げる。
人民戦線の実績は明白である。それは常に反動を阻止することに失敗してきた。せいぜいその進行を遅らせるだけであり、その結果、反動はより大きな勢力をもって復活するだけである。フランスでは、繰り返されてきた「共和派」の同盟も、同国の右傾化の軌道を食い止める0ことはできなかった。極右は今や、かつてないほど権力に近づいている。インドでは、国民会議派、共産党、その他のブルジョア政党による連立も、インド人民党(BJP)の勢力の拡大を阻止できていない。教訓は明らかだ。右派を育んだ勢力と連携して、右派を打ち負かすことはできない。
革命家たちの任務は、人民戦線を打破することである。単にそれを非難するだけでは不十分だ。労働者や被抑圧大衆に対し、ブルジョアジーとの同盟がいかに自らの利益に反するかを具体的に示さなければならない。そのためには、米国のDSAのような組織や、フランスのメランション派、あるいはインドの共産党といった組織に対し、草の根の支持者の願望と指導部の行き止まりの戦略との間の矛盾を鋭く浮き彫りにする戦術を革命家たちが積極的に推進し、積極的に介入しなければならない。このような展望のために闘わなければ、労働者階級と左翼は階級敵の手に委ねられたままになる。
統一戦線のために!
右翼反動勢力の台頭は、左翼活動家に対する国家による弾圧の強化、そしてファシストによる攻撃や挑発の増加を意味している。より広く言えば、帝国主義の侵略や、生活水準および民主的権利への攻撃に直面して、社会主義運動や労働運動はしばしば分断され、弱体化している。これに対抗するため、共産主義者は統一戦線を主導しなければならない。統一戦線の目標は、プロレタリアートの利益のための闘争において、可能な限り広範な勢力を結集することにある。
しかし、この単純な点が、左派において大きな混乱の源となっている。一方では、多くの社会主義組織が、非革命的な勢力とのいかなる連合も機会主義的であると考え、攻撃に直面した抑圧された人々を分断したままにしている。他方では、社会主義者が統一戦線の名の下に機会主義的な寄せ集めを正当化することもよくある。通常、これは統一戦線の戦術—すなわち、可能な限り広範な勢力を結集する必要性—を、それが奉仕すべき戦略よりも優先させるという形をとる。トロツキーは次のように説明している:
「別個に進みともに撃て!いかに撃ち、誰を撃ち、いつ撃つかだけについて、協定せよ!このような協定は、悪魔自身とも、悪魔の祖母とも、それどころか、ノスケやグルツェジンスキーとさえ、結ぶことができる。自分自身の手を縛らないという、ただ一つの条件のもとで。」
―トロシキー、「ファシズムに対する労働者統一戦線のために」【ロシア語訳版では「ドイツ共産党の労働者党員への手紙―ドイツ共産党の現在の政策の誤りはどこにあるか」】(1931年12月8日)
したがって、労働運動の利益となる特定の目的—ファシストの攻撃を撃退することや、投獄された活動家の釈放を求める運動から、ストライキの防衛や生活水準への攻撃との闘いに至るまで—に奉仕する限り、労働組合の官僚からブルジョア政治家に至るまで、いかなる勢力とも統一戦線を結ぶことができる。決定的に重要なのは、これには特定の帝国主義的侵略に対して民族主義勢力や抵抗勢力と団結すること—すなわち反帝国主義統一戦線—も含まれるということである。
統一戦線の決定的な目的は、共産主義者が行動を通じて、ブルジョアや非革命的勢力のリベラル的・司法的戦略に対抗し、労働者階級の最も部分的な闘争さえも前進させる上で、革命的戦略の優越性を示すことにある。
被抑圧者を団結させよ、 自由主義者を切り捨てよ!
リベラルな秩序の崩壊と右派の台頭は、労働者階級内部の社会的対立に拍車をかけている。移民労働者と国内出身の労働者、黒人労働者と白人労働者、男性と女性との間の分断、そしてトランスジェンダーの権利といった問題をめぐる対立は、抑圧された人々に対する武器としてますます利用されている。右派は社会的衰退に対する怒りをマイノリティに向けさせ、一方、リベラル派は道徳的訴えやアイデンティティ政治を通じて対応し、こうした分断をさらに深めている。半植民地諸国では、こうした二極化がしばしば民族紛争や流血の惨事につながる。革命家たちは、これらの分断を克服し、大衆の闘争を強化するために必要な団結を築くために闘わなければならない。
この団結は、被抑圧者の防衛が労働者階級全体にとって物質的な利益となることを示すことによって築かれなければならない。偏見や排外主義は、労働者階級の一部を互いに対立させることで、支配階級に対する闘争を弱体化させる。例えば、英国から南アフリカに至る各国における移民や難民をめぐる二極化は、雇用の不足、サービスの崩壊、生活条件の悪化などに根ざす。その責任は移民にあるのではなく、自らの利益を守るために社会の衰退を許してきた支配階級にある。解決策は、支配階級に対するすべての労働者の団結した闘争である。
しかし、マルクス主義左派の多くは、反動的な思想やその支持者を非難する一方で、労働者をそれらから引き離す戦略を持たないか、もしくは経済主義を採用し、経済的要求を優先して被抑圧集団の具体的な闘争を脇に追いやっている。前者は労働者を反動的な思想の影響下に置き去りにし、後者は分断をそのまま残し、マイノリティをリベラルの懐へと追いやる。革命家たちは、これら両方の誤りを拒絶し、労働者階級が自らの解放を前進させるためには、すべての被抑圧者の大義を擁護することが不可欠であることを示さなければならない。
労働組合を革命的組織に変えよう!
労働者階級は、生活水準、権利、組織に対する攻撃が激化する時期に突入しつつある。しかし、労働組合は、数十年にわたる敗北と、その官僚機構による階級協調主義的な路線によって弱体化した状態で、この時期を迎えている。これに対し、革命家たちは組合内部で階級闘争を掲げる指導部を求めて闘わなければならない。
これは、賃金、労働条件、民主的権利をめぐるあらゆる闘争に介入し、これらの闘争を資本主義と帝国主義に対するより広範な闘争と結びつけることを意味する。また、狭い職種ごとの枠組みを打ち破り、未組織の労働者層を組織化することも意味する。こうした具体的な闘争を通じてのみ、組合幹部の影響力を打ち破り、組合をプロレタリアートの抵抗の真の道具へと変革することができる。残念ながら、革命的左派の多くは、この立場から労働組合にアプローチしていない。労働組合内で影響力を持っている場合でも、その活動は、機会主義と極左主義という二つの弊害に蝕まれている。
機会主義とは、既存の労働組合指導部に迎合し、「左派」の官僚を支持したり、単に既存の官僚機構がより闘争的になるよう主張したりすることである。これは、革命的な基盤の上に官僚機構を置き換えるための闘争の代わりに、官僚機構に圧力をかけることに済ませる。左派勢力が労働組合の機構を掌握しながらも官僚的な手法を維持する場合や、人種、国籍、ジェンダーによる分断に対して階級を団結させるために必要な政治的闘争を避け、組合活動を当面の経済的要求に限定してしまう場合も同様である。極左主義はこれとは正反対の誤りである。それは、官僚機構に対する反対勢力を構築するための忍耐強い活動を、冒険主義的な対立に置き換えるか、あるいは労働組合が官僚機構に支配されているという理由で、労働組合から完全に手を引くかのいずれかである。追随であれ放棄であれ、こうした逸脱は官僚機構の支配をそのまま残し、労働者階級の敗北の原因となっている勢力を強化することになる。
第4部:革命的再編の任務
「普通大衆行動は二義的な見解の相違や偶然おこる不一致をとり去り、同じ仲間のごく近い傾向同士を結びつける役割を果す。だが反対に沈滞したり衰退の道をたどっている時期には、思想の集団はいつも差別や内部抗争に、より傾むくようになる。われわれは生きている時代から離れるわけにはゆかないのだ。それを通らなければならない。はっきりとした思想上の領域はどうしても必要である。将来の成功を準備するために、…」
—レオン・トロツキー、「反対派共産主義反対派のさまざまなグループについて」 (1929年3月31日)
マルクス主義運動は、差し迫る激動に備えていない。その規模は小さく、無数の対立するグループに分裂しており、労働者階級からますます孤立している。この危機は単に不利な状況の結果ではなく、何よりもまず政治的混乱に起因する。すなわち、先行する時期にリベラルな世界秩序に対する革命的な反対勢力を構築できなかったため、今日の反発を右翼が利用する可能性を明け渡してしまったのである。
米国が旧来の現状をずたずたに裂き、反動的な再編を追求するなかで、左翼は世界の諸事件を形作る根本的な力学について方向感覚を見失っている。米国の覇権はすでに崩壊したと宣言し、中国やロシアを米国と同列に置く勢力がある。他方で中国やロシアを反帝国主義の英雄として称賛することで、同じ過ちを繰り返している勢力も存在する。政治的な面では、左翼の圧倒的多数は、近年国際プロレタリアートが被った敗北を否定あるいは軽視し、裏切りの指導者たちを弁護する口実を与え、来るべき闘争における階級勢力のバランスを著しく計算違いをしている。その結果、多くの者が短期的にマルクス主義者にとって劇的な進展を予測している。株式市場と同様に、こうした幻想は現実にぶつかるや、すぐに破綻するだろう。
我々は、左翼の危機を解決したと主張するつもりもないし、すべての答えを持っているわけでもない。そのような主張は愚か者の所業である。しかし、我々は、来るべき時期に向けたマルクス主義的分析と綱領の重要ないくつかの要素を提起してきた。我々は、この時代の差し迫った任務を概説しようとしてきた。すなわちプロレタリアの独立性を放棄することなく米帝国主義との戦いを構築すること、労働者をリベラル勢力に従属させることなく右翼反動と戦うこと、民族解放を擁護し、被抑圧者たちの闘争を革命的な階級の展望をもって団結させること、を概説しようと努めてきた。我々は、こうしたアプローチを世界情勢の具体的な分析に根ざしている。我々がマルクス主義運動を再編しようとしているのは、まさにこうした指針に基づいてなのである。
このような再編には、綱領的・理論的な明確化に向けた忍耐強い取り組みが必要である。しかし、それだけでは不十分である。革命家は、誤った指導者たちの裏切りを暴き、実践を通じて革命的な綱領の必要性を実証しつつ、労働者階級全体の独立した利益に合致する方向で、大衆の具体的な闘争を前進させるようにしなければならない。こうした過程を通じて、政治的明確化と統一の基盤が鍛え打ち固められるのである。この方法によってのみ、運動は保守主義、官僚主義、セクト主義を克服できる。ただこの方法によってのみ、我々は時代が求める革命的指導部を鍛え打ち固めることができるのである。

